loveというありきたりな言葉と仕事

Do it with Passion or Not At All

数年前に書いた文章のリンクが出てきたので読み返した。あの頃僕は、仕事を動かすのは情熱とプライドという二つだと思っていて、そのキーワードをたまたま口にした人を間違えて採用してしまったことがあるくらいだが、今もその考えはさほど変わっていない。でも今は、それに加えて一番大事なのは愛だと思うようになった。多分沢山の部下と接するようになったことがきっかけだが、人に限らず事業でも製品でも仕事でもそれがめっちゃ好きだと思う気持ちが原動力になると思う。こういうありきたりなことを言う人は胡散臭いので、聞き流してください。自分の備忘用に書いただけなので。



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# by TuscanyCafe | 2017-05-21 21:31 | 働く学ぶ | Comments(0)

インスタの滝沢カレン

テレビのバラエティ番組は殆ど見ないのだけど、たまたま見た旅番組に出ていた滝沢カレンが面白くて彼女のインスタを見始めたら、すごく気に入ってフォローしている。

彼女は帰国子女?の変な日本語がウリだと思うけど、インスタでの彼女の言葉は詩のようだと思うことがよくある。一般的な日本語の表現を知らないから(あるいはそのふりをしてる?)、というだけでは決して言えない、ユニークで豊かな表現がそこにあると思う。

滲み出てる温かさも好きだ。これはインスタだけじゃなく、おそらくテレビでも。一度しか見てないので推測だけど。


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# by TuscanyCafe | 2017-05-21 21:13 | 観る読む聴く | Comments(0)

仕事の目的

会社でも個人でも、仕事の目的というのは意外と単純で、自分の得意なもの、自分の好きなものを使って、人の役に立つこと、だと思う。

個人の職業の選択も、会社の事業の選択も、得意かどうかを基準とするといい。そして、マーケットがある以上、得意かどうかは、他の人や他の会社との比較による相対的なものになる。

そして、その得意なことが、好きなことと重なっていればいるほど、仕事に熱が入って成果が上がるし、やっている本人も幸せになる。そしてやっている本人が幸せだと、それがお客や周りの人にも伝わるので、プラスの連鎖が起こる。

人の役に立つことを目的にするのは、営利企業でも同じこと。殆どの会社は、実際は利益を上げることを第一の目的にしているが、それ自体は悪いことではない。儲からなければ給料も払えなくなるし、事業を続けられなくなる。ただ、それを目的にしていることは、お客からもよく見えるから、行き過ぎるとうまく行かなくなる。むしろ、何でここまでやってくれるの?という感動を与えた方が、上手くいくことも多い。それに、利益だけを目的にしていても、燃える気持ちや幸福感は起きてこないから楽しくないし、それはお客にも伝わる。人の役に立つことを目的としていれば、後からコンプライアンスの檻をはめなくても、自然にできるようになる。

こういう青いことを僕は考えているが、会社組織の中にいると、そんな青いことを言っている人は皆無で、なかなかそれは変わらない。自分がトップに立つことがあれば、それを伝道しようかと思う。



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# by TuscanyCafe | 2017-05-03 17:06 | 働く学ぶ | Comments(0)

反ナイスミドル

ファッションに時間もお金もかけるつもりがないくせに、人の服装には目がいくほうである。日本に帰ってきてから、休日でもそれなりの格好をしないといけない機会が増えて(例えばゴルフ場に行く際はジャケットを着ないといけないという馬鹿なルール!)、油断するとナイスミドル的な格好に陥りそうである。というかもう陥っている。

かといって、決して奇抜な格好をするつもりはないし、逆に黒づくめの服を着るわけでもない(紺づくめは結構してしまうのだが)。ただ、デパートの紳士売り場のマネキンみたいに「適切さ」をアピールしたような格好が嫌いなだけだ。そんな格好するんなら、何も着なきゃいいのに、とまで思う時があって、なぜそこまで思うのか、自分でも不思議だ。

何がそれにあたるかは、もう自分の感覚だけで、その差は僕にしかわからないのだけど、周りに「適切」と思われるためのブサイクな格好はしたくないなと思う。僕の昔の友達は、ユニクロについて「あんなuglyなものは嫌だ!」と言っていたが、僕はユニクロを結構着るし、一般的な美的感覚からしたら、ナイスミドル的な格好の方がよほど良いのだろうが。

自分の垢抜けない格好を差し置いて、こんなことを書くと笑われるな。でも、ありきたりでいいので、「適切」で醜い格好はやめよう。服装は、自分の心持ちに影響するし、好きなものをちゃんと選ぶように心がけたい。


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# by TuscanyCafe | 2017-05-02 14:31 | 変なの | Comments(0)

きるもの

僕にとっての日本は冬だった。夏に帰ってきたことがなかった訳じゃないが、数年ぶりに本帰国したら翌週に雪が降ったし、それ以降ずっと冬だった。

急に春がやって来て、着るものがなくて困っている。春の服なんて持っていないのでお店に買いに行ったが、そこでもどうしたらいいのか困ってしまった。

アメリカにいた時は、大抵バナリパで、あとはGAPかブルックスブラザーズ。それ以外の店自体殆どなかった。

シンガポールにいた時は、エスプリかマンゴー。近所のモールに入っていたから。

日本はいろんな店があって選択肢が多すぎるのと、多すぎる割には欲しいものが少ないので疲れてしまう。海の中から宝物を見つける作業は、買い物好きには楽しいのだろうが、僕には面倒だ。一通り揃えるまではしょうがないが、その後は、ずっと同じものを着ることになるかもしれない。

バナリパは、あれだけよく来ていたのに、日本やシンガポールで見かけても、結局買ったことがない。気候とか気分とか、土地に影響されるのかな。


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# by TuscanyCafe | 2017-04-29 12:09 | 暮らす | Comments(0)

The Slav Epic

国立新でミュシャのスラヴ叙事詩を見て感動した。絵を見てこれほど感動するのは、少し久しぶりかもしれない。特に好きだったのは、「原故郷のスラヴ民族」、「スラヴ典礼の導入」、「聖アトス山」、「スラヴ菩提樹の下でおこなわれるオムラジナ会の誓い」、「スラヴ民族の賛歌」。あとは叙事詩ではないけれど、「ウミロフ・ミラー」や「ハーモニー」。それからプラハ市民会館の壁画の下書き群。

人物描写、自然の描写、色使い、どれをとっても素晴らしく、おそろしくセンスがよいだけでなく、天才だと思った。またあれほどの巨大な作品群を細部まで丁寧に書いていて、一人のアーティストの仕事として信じがたいことだと思った。これを見てしまうと、中途半端なアーティストの作品が観れなくなってしまう。それくらい素晴らしかった。スラヴ叙事詩の全20作品を一度に見られることがこの先あるのか分からないが、得難い機会だったと思う。

また、これまでさほど興味を持ったことのないスラヴ民族の歴史にも興味を覚えた。また仕事で行くこともありそうなので、機会を見つけて勉強してみようと思う。

昼食前に会場に入ってしまったら、結局4時間ほども観てしまい、お腹がすいて困った。

追伸
会期が終わる前にもう一度見に行った。当然といえば当然なのだが、一度目ほどの感動がなく、それが故に一度目の印象まて薄れてしまった。ふむ



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# by TuscanyCafe | 2017-03-30 22:21 | 観る読む聴く | Comments(0)

Don't take ANYTHING personal.

Don't take it personal.というのはよく言うが、Don't take anything personal.という文章を読んで、それもそうだなと思った。

人はみんな自分のストーリーの中を生きていて、そのなかで希望や羨望や絶望や、憧れや焦りや劣等感、色んなものを抱えて生きている。だから、誰かが何かをしても、それに振り回されたり傷つく必要はない、ということ。

ただ、その相手が自分にとってかけがえのない人だと思っていた場合は、そんなに簡単には割り切れないと思うが、そういう人も含めて、一時的に自分のストーリーと重なることはあっても、それがずっと続くと期待するのが間違いなのだろう。

自分が心地よく感じ、誇りを持てる形で、自立して、そして面白く生きていくこと。ん、話ずれたかな。



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# by TuscanyCafe | 2017-03-27 17:32 | 言葉 | Comments(0)