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雑感

今日仕事で、昔だったら一日落ち込みそうなことを人から言われたのだが、さほど気にならなかった。昔よりタフになったのかもしれないし、誰に言われるかによってディスカウントする能力が身についたのかもしれない。それか他に気になることがあるので、それ以下のことが起こっても気にならない、むしろ他のことから気を逸らしてくれる出来事はウェルカム、ということなのかもしれない。まあいろんなことがあって昔よりもタフになった、と前向きに捉えておこう。

窪美澄の小説を続けて2冊読んだ。抗うつ剤の名前が二つ出てきたのでネットで見てみたら、どうも有名な薬らしくよくヒットした。薬で楽になるのなら安いもんだと思ったけど、一度飲み始めるとやめるときに副作用があるようなので、本当に必要にならない限りはやめておく。その時にネットでうつ病調査票(BDIテスト)というのを見つけたのでやってみたら、11点というなんとも微妙な結果(軽いうつ状態のなかで一番低いレベル)。単に恒常的に悲しいだけなので、罪の意識を感じるか?とか、罰を受けると思うか?とか、そういう類の質問の答えが完全ノーになって、高得点は難しいみたいだ。さっきやってみたら14点に微増していたが。

その小説のなかでリストカットの少女が出てきて、たしかリストカットすることで生きている実感を感じるような理由だったと思うが、むしろそうではなくて、そこに痛みを作り出すことで他の部分の痛みを紛らわすためなんじゃないのかと思った。物理的な痛みに強烈に支配されることで、精神的な痛みを軽く感じられるように。リストカットなんかしたことないし、これからもしないと思うので、あくまでも推測なのだが、それならば分かる気がするので。あ、でもリストカットはそんなに痛くはならないのか。

昔夫婦仲が悪くなり始めたときに、それがしんどく、生きていてもなんの意味もないように感じて、ユニセフの寄付を始めた。少なくとも生きてることで誰かの役にはたっていると思えるように。さっきのリスカとどこか通じるものがあるのかな。生きてる虚しさとそれを紛らわすもの、あるいは生きている実感。なんでそれを思い出したかというと、少し前に寄付を10年間毎月続けたことへの感謝状みたいなのが来ていたから。もうこの状態もすっかり長いもんだねと我ながらあきれたりもする。最近妻が別の寄付を始めたいというので、いいよと言った。どうでもいい、なんでもいいという気もするし、でも実際には変な寄付だったら拒否するので、全くどうでもいいわけではない。

それはとにかく、あまりネガティブな方向にシンクロする小説は避けておいたほうが賢明そうだ。

数年ぶりにジムにいって筋トレをし始めている。余計なことを考えないで気を紛らわせるのが一番。それから、少し体重が落ちたので筋肉をつけたいと思っている。
by TuscanyCafe | 2015-04-15 00:03 | 暮らす
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