読むと自慢にしか聞こえない話を書くことで自分を励ます。

日本に帰国するにあたり、僕から送別スピーチをするばっかりで、逆にしてもらうことが殆どない、と言って僕が愚痴っていたら、仲のいい同僚が仕事中に僕のデスクに来て、一対一のスピーチをしてくれた。

彼女曰く、
・ 私はいつもamazingという言葉を使うけど、本当にamazingなのは貴方だと思う。
・ 貴方のようなボスには今後も会うことができないと思う。
・ 貴方は誰に対しても公平に接しているし、皆が貴方のことを好きだと思う。
・ 貴方がこの会社をゼロから始めたのは尊敬に値するし、貴方は私のヒーローだ。

僕は、一行目の終わりくらいから、ぼろぼろと涙を流してしまった。なによりも、仕事中にこういうことを言いに来てくれた気持ちが嬉しかった。すごい人だなと思った。たぶん周りの人は、スピーチにも涙にも気づいていなかったと思う。静かに涙を流した。

今回帰国する前後で、たくさんの嬉しい言葉を聞かせてもらった。これまでのキャリアでbestest bossだと言ってくれた別の部下。なぜだか分からないけど人生の師匠と呼んでくれた元バックパッカーの日本人の友達。最終日にサインやらセルフィーやらを求めてくれた同僚たち。引っ越しの朝に朝食に連れ出してくれた仲間。出発の夜に空港まで来てくれた仲間。

出発の夜に一緒に夕食をとりながら、彼らが僕に「自分のことは誇りに思う?」と聞いてきたので、僕はテーブルの上で指で円を描きながら「この一部であることを誇りに思うよ」と答えたら、「自分のことを誇りに思っていいと思うよ。」と言ってくれた。その理由も言ってくれたと思うが、なぜか忘れてしまった。人から褒められる時、なぜだか居心地が悪くなって、ちゃんと話を聞けなかったり割引してしまうことがある。もったいないことだ。

真面目さ90点、ガキっぽさ90点、と言って褒めて(?)くれた部下もいたが、皆から共通して言われたのは、部下や周囲の人たちに対する態度だった。公平だとか謙虚だとかフレンドリーだとか。でも、僕も誰に対してもそういう態度がとれるほど大人ではないので、実際は誤解も含んでいて、実際のところは、彼らに対する愛情を持てたのが全てで、それ以外のことはその結果にすぎないと思う。

本当につらいどん底も味わったこの街だったが、その一方で、こんなに素晴らしいことも人生のなかでそんなにないと思う。なによりも、どん底の間も彼らの信頼を失わず、社会生活を続けられたことは誇りに思ってよいと思う。東京に帰ってきて、正直どこに情熱を見つけたらいいのか戸惑っているが、また一から積み直しているうちに、方向も見えてくるだろう。

(以下は自慢には聞こえない余談)
携帯の写真を整理していて、少し前ならつらくて直視もできなかった記憶が、悲しい記憶という言葉で収まるものに落ち着いていた。ここまで来るのに今回は二年近くかかった。そういえば、今回いろんな言葉をもらったなかで、僕の家族のことを心配してくれた人も何人かいた。(映画Sing Streetの話をした友達は)happy sadではなく、happy happiestであってほしいと言ってくれた。すべては自分から始まる、と言ってくれた友達もいた。Inside outと同じ考え方だと思うし、実際僕はそれを実践しようとしているが、それがいつかhappy happiestに通じる道だとは思えない。僕には尊敬できる人とできない人がいるし、やはりhappy sadを目指すしかないと思っている。
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by TuscanyCafe | 2016-11-21 23:03 | 働く学ぶ | Comments(2)
Commented by chocolat at 2016-11-23 00:08 x
とても素敵な仲間や友達に恵まれましたね。こんな温かな人々が周りに集まるのは決して偶然ではなくて、その中心に彼らを引き寄せる心優しい貴方がいたからなのでしょうね。そう思います。このお話でわたしも心が温かくなり、元気が湧いてきました。聞かせて下さってありがとうございました。
Commented by TuscanyCafe at 2016-11-24 23:42
自慢話のような話を好意的に読んでもらって有難う。彼らは本当に愛すべき人たちで、自然に彼らを愛することができました。なので、今は喪失感が大きいのですが、時々思い出して、彼らとの関係を作れたことを誇りに思ったり、温かい気持ちになったりして、自分を励ましています。国民性の違いもあるので、また日本でこういう人間関係を造れることが果たしてあるのかなぁ・・と思ったりします。
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