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東京

今日は仕事が早く終わり、でも、家に帰ってももう子供は寝ているしなぁ、と思ったりして、
東京タワーを観にいきました。本物じゃなくて、映画の方です。

案の定、何度も涙は流れたけど、映画としての出来は今ひとつだった。
オダギリジョーはすごくよくて、樹木希林も悪くなかったけど、樹木希林の若いときを演じた彼女の娘、内田也哉子はひどかった。あれじゃあ母親の愛情が全然感じられないよ。顔が似てればいいってもんじゃないです。

小説は、オカンの話だけじゃなくて、子供時代からの話がよかったけど、2時間ちょっとではそれも難しいようで、映画はオカンにしぼりすぎた感じ。それでも、やっぱり映画を観た後、自分のオカンのことは思わざるを得なかった。自分のオカンの余命があと数ヶ月、と言われたとき、自分はあんなに一緒にいてあげられるか・・。仕事のことを考えると、現実には簡単ではない。東京で仕事をしながら、関西にいる母親にどれだけ会いにいけるか。仕事をずっと休んだりできるか。オカンより大事な仕事があるかといったら、それはないのだけれど、それでも現実には簡単ではない。

少し前に帰省したときに、オカンが「おとうさんが死んで一人になったら、東京に行こうかな」と言っていたのを思い出した。お父さんの方が先に逝くって決めてるみたいやけど、と笑いながら。でも、そう言われても、こっちは何も言えなかった。東京に来て、例えば介護が必要になったとしたら、実際に負担がかかるのは僕ではなくて多分妻になる。自分が頑張ると言ってみても、今の仕事をしながら平日に世話をするのは、どう考えても不可能。そう考えると、何も言えず。自分にとっての重要度と、実際の優先順位が食い違うのがもどかしい。でも、やっぱり同じ街にいてほしいと思う。

あの映画を観ながら、もうひとつ、自分のことと重なった台詞。オカンが東京に来て、楽しかった日々は転がるように過ぎていった、というのを聞きながら、先週末のことを思い出した。

壊れた自転車を修理してもらうため、娘と二人で自転車屋に行った。娘は、いつも周りを気にせずに、大きな声で歌いながら歩く。僕はそれが大好きで、一緒に歌いながら歩く。自転車を押しながら歩く僕の前を、娘が飛び跳ねながら、腕を大きく振って、歩いていく。カメラを持ってこなかったのを後悔しながら、娘のこの姿を目に焼き付けようと思う。

それでも、それから1、2日たつと、そのとき娘がどんな歌を歌っていたか、どんな表情だったか、はっきり思い出せないのに気付く。そうやって、楽しかったという記憶だけは残っていても、そのときの映像はぼやけていく。今の幸せを噛み締めないと。それから、目に焼き付けるだけじゃなく、やっぱり映像に残していこう。

映画としてはぼちぼちだったけど、大事なことを考えるきっかけにはなったようです。
by tuscanycafe | 2007-05-15 00:06 | 観る読む聴く
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