カテゴリ:言葉( 45 )

Don't take ANYTHING personal.

Don't take it personal.というのはよく言うが、Don't take anything personal.という文章を読んで、それもそうだなと思った。

人はみんな自分のストーリーの中を生きていて、そのなかで希望や羨望や絶望や、憧れや焦りや劣等感、色んなものを抱えて生きている。だから、誰かが何かをしても、それに振り回されたり傷つく必要はない、ということ。

ただ、その相手が自分にとってかけがえのない人だと思っていた場合は、そんなに簡単には割り切れないと思うが、そういう人も含めて、一時的に自分のストーリーと重なることはあっても、それがずっと続くと期待するのが間違いなのだろう。

自分が心地よく感じ、誇りを持てる形で、自立して、そして面白く生きていくこと。ん、話ずれたかな。



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by TuscanyCafe | 2017-03-27 17:32 | 言葉 | Comments(0)

賢い人

今日の朝日新聞の休日版に自閉症の方達の特集があり、そのなかで覚えておきたい言葉があった。

重い自閉症の青年が徐々に気持ちを言葉にするようになり、「僕は賢くなる」と繰り返すので、お母さんが「賢いっ人てどんな人?」と聞いたら、「笑顔であること、幸せであること、正直であること、誇りを持つこと」と答えた。

社会的な生活は不得意でも、あるいはそれが故に、物事は他の人以上によく見えている。その鋭さに驚かされた。



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by TuscanyCafe | 2017-03-05 22:21 | 言葉 | Comments(0)

emotional

アメリカ人の友達がFBで泣ける話をシェアしながら、自分の感情がまだ動くかを確かめるために時々泣ける話を読むんだ、と書いていたので、そんなの確かめる必要があるの?とコメントを残したら、いやいや実際はかなり感情的な人間なので確かめるまでもないんだけどね、と返事が来た。

僕も実は結構感情的な人間で、仕事であっても感情で行動が左右されるほどだが、実は思春期の頃は、自分が人よりも感情が薄いのではないか、と思っていた。例えば友達と一緒に映画に行っても、一人だけ大して面白く感じずに冷めていたりしたので、少しコンプレックスになっていたかもしれない。でも今考えてみれば、気持ちが動くスイッチの場所が人と違っていただけなのだと思う。

あるいは、人と感情を共振させる習慣が昔よりも強くなっているのもあるかもしれない。これは成長と呼べるかもしれない。



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by TuscanyCafe | 2017-03-05 00:49 | 言葉 | Comments(0)

for a reason

Everything happens for a reason.
という言葉は、

本当に理由が先にあって物事が起こる
というのではなく、

あとから振り返った時に、
あの出来事があったから今の自分がいるんだな
と思える時が来るよ、

という意味なんだろうと思う。

少なくとも一生懸命生きていれば。


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by TuscanyCafe | 2016-12-16 23:01 | 言葉 | Comments(0)

otaku

このあいだ書こうと思っていて、書いたと思っていたのに書いていなかったみたいだから、記録用に書いておこう。

オタクの語源は、元々ぎこちなく他の人に呼び掛けるときの言い方で、要するにオタクは、現実社会でうまく人間関係を作れない人のイメージだったと思う。

今ではオタクという言葉はもっと広い意味で使う気がするが、それでも逆に、人間関係に頼らずに楽しみを見つけられる人、という強みの部分が生きている気がする。

好きなものはたくさんある。オタクのように生きよう。

東京に行ったので、なんとなく音楽雑誌を物色してみたら、ヘビメタかアイドルかのどちらかに偏っている気がしてがっくりした。と思ったら、Music Magazineというのが自分にはしっくりきた。好きなバンドも載っていたが、知らないミュージシャンでも、聴いてみようかと思える内容だった。2,3日前にたまたまShazamで吸い取ったバンドが載っていたりして、いい感じだった。
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by TuscanyCafe | 2016-02-18 23:51 | 言葉 | Comments(0)

二匹の狼

最近機内で見た映画Tomorrowlandで、こんな喩え話が出てきた。二匹の狼が戦っている。一匹は光であり希望。もう一匹は闇であり絶望。さてどちらが勝つか?

その答えは、自分が餌をやった方。

アメリカ映画らしく、二項対比で、前向きで、ウィットがあって。でもすごく説得力があると思った。

心は常に揺れている。その時々で訳もなくポジティブになったりネガティブになったりする。ずっとネガティブな気分に覆われていたのに、温かいご飯を食べた途端にポジティブな気持ちが帰ってくることもある。

睡眠をしっかりとって、体も動かすこと。そして、自分の身につけるものもちゃんと自分の好きなものを選ぶこと。意外とそういう些細なことで気分が左右されることは多い。高価じゃなくても気に入ったものを身につけていると気分もいい。でも逆に多少高価でもけちらないこと。

そしてこれは稀だけど、自分の好きな格好をしていることで始まる会話や友人関係も経験した。服装は自分という人間をを外に示すものだから、案外馬鹿にできない。

この映画にはこんなシーンもある。男の子が空を飛ぶ機械(未完成)を発明しコンテストに持ち込む。係の大人から、その機械は何の役に立つのか、と聞かれた男の子はこう答える。「だって子供がこの機械で空を飛んでいるのを見たら、大人も楽しい気分になるでしょ。」

大切なのは実際的な利便性だけではない。前向きな気持ちを生み出して維持することの価値。そして、知らない間に暗闇に餌をやり続けないこと。闇が気持ちを支配しているからといって、それが根拠のある支配だとは思わないこと。闇を追い出し光に餌をやること。

こういう気持ちの維持ができれば、それだけでもう7割方は成功と言えそうな気がする。それ自体が案外難しく工夫のいることだから。でも日常的に自分を喜ばせる工夫は、苦痛ではないはずだ。この狼の話は僕の座右の銘になるかもしれない。




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by TuscanyCafe | 2015-08-18 21:42 | 言葉 | Comments(0)

渾然一体

自分の語る言葉のどこまでが自分の心から来たもので、どこから先が自分の都合のよいようにあとから思いついたことなのか、もうわからなくなってしまった。全部本当のような気もするし、半分くらいは違う気もする。こういうのも職業病なのか。あまりいいものではないな。いずれにしても、これでもうすべて終わりのはずだ、今度こそ。もう本当に終えたい。
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by TuscanyCafe | 2015-05-04 23:53 | 言葉 | Comments(0)

やっかいなもの

リウ先生は白い歯を見せて笑い、すっと息を吸うと、まるで呪文を唱えるように言った。悪い出来事もなかなか手放せないのならずっと抱えていればいいんですそうすれば、
「オセロの駒がひっくり返るように反転するときがきますよ。いつかね。あなたの息子さんが抱えているものも」リウ先生は指をパチンと鳴らした。
「これくらいの出来事だと思いなさい。花粉を抱えたミツバチが花に触れたくらいの」
(窪美澄著「ふがいない僕は空を見た」より)

こういうふうに信じたいと思って記録しておく。必然的に同じ過ちを繰り返し、同じような悪い出来事を繰り返す自分にも果たしてそんなことが起こるのか。大きな疑問ではあるが、それがまさに僕の抱える「やっかいなもの」なのだと思う。こいつとどうやってつきあっていけばいいのか、たぶんウルトラCはなくて、それでもただ生きていく、ふて腐れずに生き続ける、ということなんだと思う。
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by tuscanycafe | 2015-03-26 23:36 | 言葉 | Comments(0)

ノイローゼ

GQのインタビューで所ジョージが「俺、頭おかしいんだよ。ノイローゼじゃないかと思う」と言っていた。質問は「所さん、多趣味ですね」とかそんなんだった。やりたいこと気になることが次から次に出てくるらしい。僕も熱病みたいに何かに取り憑かれることがあって、頭おかしいんじゃないかという感覚は意外とわかる。それを抑えないで楽しんじゃえばいいんだな。
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by tuscanycafe | 2013-11-22 15:14 | 言葉 | Comments(0)

ことば

新聞で作家の高橋源一郎がある女性の言葉を引用していた。
「読書は、人生の全てが決して単純ではないことを教えてくれました。私たちは、複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても。国と国との関係においても」

これは、美智子皇后が何年も前の国際児童図書の大会で行った講演での言葉だ。僕は特に皇室ファンではないけれど、こういう言葉を話す人はそれだけで信頼ができると思った。

なぜ彼女の言葉が心に響くのか、高橋源一郎が分析して言っている。
「彼らのことばには一つの大きな特徴があるように思った。彼らは、『社会の問題』を『自分の問題』として考え、そして、それを『自分のことば』で伝えることができる人たちだった。そして、そのようなことばだけが、遠くまで届くのである。」

それにしても、たとえば日本の職場に帰って、こういう話をしたときに、意味を分かってくれる人がいるだろうか。僕が前にいた職場で思い浮かぶのは、派遣できていた女性一人だけである。あとの人は、本当は分かるのかもしれないが、そういうものとは全く違う価値観や言語で日々会話をしているので、急には切り替えられないのかもしれない。

今の職場だったり取引先であったり、むしろ日本人以外ならば、こういう会話をできる人がもっと思い浮かぶ。そういえば、さっき思い浮かんだ日本の職場の派遣の女性も、米国暮らしが長いのだった。自分の言葉で話さない人との会話ほど退屈なものはない。頭だけでなく、心で考えて話される言葉には響く力がある。
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by tuscanycafe | 2013-11-02 02:08 | 言葉 | Comments(0)