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happy sad

最近日本に帰った時に驚いたことがひとつあった。

妻と一緒に出掛ける用事があって電車に乗った。少し混んでいたが、向かい合って離れた席が二つ空いたので、二人とも座った。途中で電車が空いてきて、僕の隣の席が空いたら、妻が隣に移ってきた。

まるで普通の光景のようだけど、僕の覚えている限り、こんなことは過去10年間になかったと思う。

時々日本には帰っているが、そういえば最近2回ほどは酷い言い争いもなかったし、家に着いたときも、妻がこちらを見て「おかえり」と言っていた。そういうことも、一緒に住んでいるときにはなかったことだ。

離れて暮らしているので衝突の機会が少ないと言えばそれまでだが、それだけではないと思いたい。ここ1年くらいは毎週彼女に電話をするようにしてきた。なぜか僕からかけることしかないのだが、それについても何も言わないことにしている。最近読んでいる本で、Inside Outという表現が出てきた。周りに変わってほしいと望むのではなく、自分が変わること。自分がコントロールできる範囲に集中すること。そうやって内側から外側に働きかけること。それがうまく行っていると思いたい。

週末に友達と旅行に行って夜にあれこれ話をした。結婚生活の話になって、お互いに愛していないのならどうして別れないのか、そんなしんどい人生でいいのか、別れる手段を探してはどうか、と聞かれ、いろいろ説明をしたが、今はそれについては聞かないでほしいと思った。今更奇跡が起こるとは期待していないが、当初の目標である良き隣人くらいにはなってきた気がするし、もしかしたらそれ以上にもなれるかもしれない。だから、そっとしておいてほしいと思う。

思春期の娘は、普段何を聴いても「うん」としか答えないが、前回帰った時に二人で話す機会があり、10分ほどだったが案外なんでも答えてくれた。読まないだろうと思いながら娘にあげた本も、いつの間にか読んでいたようで驚いた。こちらも我慢強くいこうと思う。

最近見た映画Sing Streetがすごくよかった。いいセリフもたくさんあって、僕はRaphinaの言うhappy sadで行こうと思った。

"Your problem is that you're not happy being sad. But that's what love is, Cosmo. Happy sad."



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by TuscanyCafe | 2016-09-12 22:46 | home | Comments(0)

雑記No.2

結局何を期待してるのかということなんだろう。これだけ噛み合わないのだから、これが上手く行くようになったら奇跡。上手くいかないのが当たり前だから、基本的には何も期待せず、目も合わさずに過ごすしかないんだろう。

亡くなったやなせたかしさんが「絶望の横には希望がある」と言ったのは、絶望は絶望として受け入れたうえで何をするか、その絶望があるからこそできることがある、という意味だろう。いつまでもこうやって、絶望を改善できるかもしれないとすがりつくのは、ずるずると絶望に引き回されるだけの気がする。かといって・・・。自分だけの問題じゃないし、それに精神的な問題だけでもなくてもっと実際的な問題も絡むからもう、ふん、どうにでもなれ、と思うしかない。

そんなことをここに書いてどうなるものでもないことは百も承知で、何故書くかといえば、人の目に触れてある程度客観性を要求される場所て、思考の記録を残しておきたい、ということなんだと思う。それど、なんでもいいから吐き出すことによるデトックスか。
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by tuscanycafe | 2014-01-05 18:53 | home | Comments(0)

sick and tired

元々なかったり無理な場合には気にならないのに、あるべきところにないとそれが気になり始め、寂しく感じたりする。そういうものを自分の娘に感じてほしくないので、あえて家族の夕食の時間には遅れて帰るようにしたり、何も用事がなくても一人で出掛けたりする。

この休み中にいろんなことを試してみたけど、やっぱり上手くいかないものはいかないんじゃないかと思う。いくらよかれと思って動いても、根本的に受け取り方が違うから、善意が善意の連鎖を生まない。生むべきところで生まないから、余計に寂しくなる。

基本的にはもう相性が根本的に合わないとしか言いようがない気がするが、ここまで来ると僕のなかに根本的におかしいところがあるんじゃないかという気もしてきた。いやおかしなところがあるのは元々分かってるけど、人間だから当然じゃんと言って流してはいけないようなもの。深く考える元気はないが、例えば公平さへの過度なこだわりや理不尽さへの非寛容、あるいは防衛からの攻撃性、そういうものが過剰なのが問題なのかもしれない。

ずっと前に買って読んでなかった小説。交通事故で最愛の恋人を亡くした主人公の話。いろんな意味で暗くなりそうで読む気がしなかったが、そういう本は弱ってるときに読むとしっくりくるのが分かった。それだけが目的ではないが、悲しい物語による癒しの効果があるのだろう。
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by tuscanycafe | 2014-01-04 21:24 | home | Comments(2)

生活

信頼できる人とメールを交わしながら、こういう信頼や思いやりや話の噛みあいが、僕と妻の間にあったなら、あぁ、なんて素敵だろう、と思った。(なんか芝居がかった言い方ですね。笑)

それがないのは、僕も妻も、お互いに相手を選ぶときに見る目がなかったわけだけど、それを言いだすと、お互いを選ばなければ、今の娘はこの世にいなかったわけで、結局生まれ変わっても同じ相手を選んでしまう、地獄のループに入ってしまう(笑)。

それにしても、会社の同僚やコーヒーショップの店員さんですら、分かり合える瞬間があるし、人として信頼できたりするのに。なんという愚かさよ。そういう問題じゃない、と簡単に言われそうだけど、案外そういう問題のような気がするのだ。若気の至り、若さゆえの愚かさ!

しかし、こんなに正直にブログを書いてていいのだろうか(笑)。

こうやって気持ちが荒んでいたら、いつの間にか風邪までひいたようで、舌はざらざら、喉はいがいがしている。明日はもう少し回復しているといいな。
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by tuscanycafe | 2012-03-28 00:44 | home | Comments(0)

parallel, parallel world

そんな本を読んで何か得るものがあるのか、あるなら言ってみろ、と言われても、根本的にそういう問題ではないから、答えようがない。そういう価値観で人を育てたくはない。それだけのこと。
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by tuscanycafe | 2012-03-25 15:44 | home | Comments(0)

平凡な日

2,3年後に日本に帰った時のために、娘が日系の進学塾に通い出した。それ自体は、東京の状況を考えると、実は僕も反対ではない。決していいことだとは思わないけど、今の状況だと必要悪的にとらえている。娘は母親からやれと言われたことには抵抗しても無駄だと思っているので、不満を言いながらもおとなしく通っている。(友達もいるし、それなりに楽しいのだとは思うけど、そこんところはよく分からない。)毎日毎日学校の宿題と塾の宿題。週末も、朝から晩までやっている。当然集中力が続かないので、だらだらやることになる。妻はそれが不満で、だからあんたはダメ人間なんだ、みたいなことを一日中言っている。

今日娘が塾に行くときに、録画してあった朝の連ドラを僕が見ていたら、今週は見る暇がなかった娘が、それ消さないでね~と言いながら出掛けて行った。娘の好きなドラマ。そのあと、妻が、それ観終わったら全部消していいよ、と言うので、さっき〇〇が消さないでと言ってたよ、と言ったら、見る必要ないから消して、と言う。

塾が終わって、皆で外食するために合流した。開口一番、妻が、この子テストの点が酷いから今日はご飯要らないんだって、と言う。娘は横で無表情に立っている。

だいたい毎日こんな感じ。塾については最近だけのことだけど、全体的なトーンとしては、もう何年もずっと。人の思い、というものに関心がない。自分と異なる価値観を分かろうとしない。努力してもできないことを、けなす、なじる。

共感できない人にどう接したらいいのか。娘のために何が一番いいのか。ずーっと一人で考えてきたこと。まだまだ全然だめだけど、昔よりはうまくなってきた気はしている。昔は、最後まで言い争って、結局平行線で、さらに険悪になるだけ。そのあとしばらく口も利かなかった。(もっと悪い時は、妻が娘に、あんたのせいでこうなった、と言う。) 今は、言っても何も変わらないことが分かっているから、娘が傷つかないようにフォローすることを主眼にするようになった。そういう見方がすべてじゃないんだよ、ということが伝わるように。そしてもう、話せばわかるという期待は捨てたので、そのあともすぐに、穏やかに口を利けるようになった。期待していないから、新たに追加される失望もない。

それでも、腹が立つことは腹が立つし、許せないことは許せないから、相変わらず口は出してしまう。それで、その都度言い争いになる。その繰り返し。なるべく娘がいないところで言うようにはしても、そうも行かないときもある。目の前で否定しないといけない場合もあるし、そもそも我慢ができないこともある。

それから、娘のためではなく、自分のために気を付けていること。自分が好きなもの、大切に思っていることの話は決してしない。それから、つらいことや悲しいことがあったときも、決してその話はしない。うっかりそういうことを口に出してしまい、なんども嫌な思いをしている。

こういう話は、いろんな角度から書かないと、フェアじゃないのだけど、それをやっていたら、毎回ものすごい時間がかかるので、一面的な見方をそのまま書いている。だから、フェアではないけど、匿名なので許してもらうしかないし、こういう毒出しも実生活ではプラスにはなると思う。
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by tuscanycafe | 2012-03-25 02:02 | home | Comments(0)

暗示

いろんな本を読んだり、いろんな友達と話したりするうちに、知らず知らず自分自身に暗示をかけようとしている自分に気づく。相手の反応と関係なく、人に対して寛容になるべし。人として美しくあるべし。そういう暗示。

例えば小説で、人はともあれ自分は美しくあろうとする人。あるいは、友達から見聞きする夫婦関係の在り方。

そんなものを見聞きするうちに、なんとなくそういう部分だけを、都合のいい方向に(プラスの方向に)敏感に吸収している気がする。来年の抱負のひとつはこれかな。

今読んでいるのは、斎藤孝の「孤独のチカラ」。これもまた自分に対する別の暗示かもしれない。孤独も悪いもんじゃない。むしろ自分が伸びるため、強くなるために必要なものなのだ。ってね。
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by tuscanycafe | 2011-12-30 02:38 | home | Comments(0)

7月3日午後

ケーブルTVのチャンネルを増やす。スポーツとHBO。
クリーニングのシャツを取りに行く。
かなり遅い昼ご飯を食べる。デザートも食べる。本を読む。メールを書く。
美術館を2つハシゴ。1個はまあまあ、もう1個はイマイチ。
自転車泥棒?に遭遇。
ドラッグストアで顔なじみの店員さんとしばし雑談。記憶力が良いので驚く。
CDショップに行く。笑顔のいい店員と話し込む。僕が買おうとしてたDVDについて話す。
店員のお薦めを含めて、CDとDVDをしこたま買う。
フードコートで晩ご飯を食べる。
スーパーに行って、インスタントラーメンを買う。
冷食を探したがおいしそうなものがない。
納豆を買う。さとうのご飯を買うが高いので1個にする。
果物を買う。鍵のかかった棚からJack Danielsを買う。
帰って来て映画を観る。買って来たCDを聴く。
もう日付が変わる。今日は寝れるんだろうか。明日は起きれるんだろうか。
娘がやり残していったジグソーパズルが目に入る。
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by tuscanycafe | 2011-07-04 01:34 | home | Comments(3)

タワー

真面目に考えると絶望的な気分になったり憎しみと軽侮の塊になってしまうようなことは、頭の外に追い出してしまう。それを解決しようとか、それがなんでそうなるのかとか、それを理解しようとか、そういうことは決して考えない。そして、守るべきものについて考える。もう何年間も努めてきても、なかなかできないこと。何度も繰り返し失敗すること。学ばない。期待する。だから失敗する。

広い工事現場にタワーのようにそびえ立つ杭打機は、昼間の騒音が嘘のようにしんとしている。そのしんという音を聞くために、ヘッドフォンを外し、しばらくそれを眺めている。

守るべきものを持っても、決して自由を失わないこと、忘れないこと。
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by tuscanycafe | 2010-11-03 00:39 | home | Comments(0)

空洞

目の前の大きな空洞をどうするか。それが課題。
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by tuscanycafe | 2009-04-12 23:47 | home | Comments(0)