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昔ネパールで仕事をしていた人が、カーストの最下層の人たちの暮らしについて話していた。その人たちは本当に犬以下の扱いを受けていて、犬もそのことを知っているかのように、その人たちのことを威嚇して追い払ったりするという。

他の人も以前に、インドに行くと本当に死んだ目をした人たちがいる、と言っていた。いくら頑張ってもよい暮らしをすることは不可能で、全く希望を無くしてしまった目。

そのネパールにいた方は、NPOの人たちについて語り出し、NPOは捕鯨に反対するかと思えば、カーストの最下層の人を助けようとするが、現地の社会にがっちり根付いた制度だから、どうしようもない。やるだけ無駄だ、何もわかってない、と言う。

僕はそれに違和感を感じながらも、何も言葉にしなかった。捕鯨の話が出たときに僕の予想した話は、反捕鯨活動の暇があるならば、その人たちを救えと言うのかと思ったら、全く違った。

自分がその立場に置かれて一番つらいのは、中国で表現の自由を奪われることよりも、内戦前のシリアでアサドの圧政下に置かれるよりも、きっとカーストの最下層で何の希望も持てないことではないかと思う。あるいは強烈な因襲のなかで物のように扱われる女子たち。

でもその人たちのために今具体的に動き出そうという気持ちがない以上、その人たちをなんとか救えないものか、という言葉はあまりに空っぽに思えた。
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# by TuscanyCafe | 2016-07-20 00:23 | 思う | Comments(0)

雑文

今日、うちのローカルエンジニアの状況分析が、日本から来たアドバイザーの見立てと殆ど一緒で、アドバイザーも感心していた、という話を聞いて、それは嬉しいねぇ、と言いながら、涙腺が緩んでくるのに気付いた。何も泣くほどの話ではないから、まずいと思って顔をそむけた。

時々こういうことがあって、歳をとると無意味に涙腺が緩むのかな、とも思うが、全く脈略なく緩むわけではなく、やはり思い入れのあることについて、涙腺が緩むのだと思う。そういう意味で、そういう気持ちが残っていることに少し嬉しくなる。ほんの1週間ほど前には、生きてても何の希望もねえなーと思った記憶もあるし、それは多分今もあまり変わらないから、余計にそう感じたのだと思う。仕事にやりがいも感じるし、週末も充実しているし、大切な友人もいるが、それと大きな意味での希望とはまた別物だと思う。

愛というのはなんだろうと考えると、基本的には、大好きというのと殆ど同じじゃないかと思ったりもする。あぁ違うか。会ったこともない異国の人の安全や健康を願うような、そういう愛は当てはまらない。でも言いたかったのは、執着するほどに好きなもの、それが人であれ物であれ場所であれ、愛と呼んで大差はないのではないかと思う。今は。

だとすると、人でなくとも、物でも空間でも活動でも事業でも、自分の好きなもの、大切にしたいものに正直に時間を使えばよいのではないかと思う。どうせ死んでしまって灰になる運命なのに、社会的な責任をもとに優先順位を決めていると、廃人のようになってしまう。
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# by TuscanyCafe | 2016-07-14 00:06 | 思う | Comments(0)

20%

旅行で日本に行くんだけど、スリッパ履いてっても大丈夫かな? だって日本は皆きちんとした格好してるんでしょ? でもスリッパは私らにとって大事なものだし。

こっちの子からそういう相談を受けた。スリッパというのはビーサンのこと。それで、日本人はあんまり履いてないかもしれないけど、君らは外国人だし、いいんじゃない?といい加減な答えをした。だって、今の日本で若い子がどんな格好してるか、普段見ないからわからない。

今日、アメリカ人と少し話した後、こっちのローカルの青年と話す機会があった。どっちも初対面。アメリカ人の英語は、聞き返さないとわからなかったが、ローカル英語はすんなりと耳に入ってきて、日本語と同じ感覚で話せた。まずいね、これは。英語力的には。でもしょうがない。何年間もずっと彼らと過ごしているんだから。

こっちの人たちから、○○さん(僕)は20%くらいもうローカルだから、と言われる。20%というのが、正直なこっちの人達らしい言い方だ。日本人だったら、半分くらい、という言い方をする気がする。

しばらく食べる気になれなかった屋台(ホーカー)のローカル飯がまた美味いと思えるようになってきた。この街にいるのもそんなには長くない。今のうちに名残を惜しんでおこう。

今日会ったローカルの青年は、Uberの白タク運転手で、普段は心理学を学んでいる大学生らしい。卒業したら何するの?と聞いたら、子供とかかわる仕事がしたい。ダウン症とか失読症の子供達の相手とか。早い段階で気づいてあげて対処法を教えてあげると、頭のなかで回線がつながって可能性が広がるらしいから、と。

Uberは、タクシーより安いから使うのだけど、いろんな背景の人がいて面白い、というのもある。でもあのサービスが合法なのは未だに理解できない。日本で認めてない方が普通だと思う。こっちのタクシー運転手もいつも怒ってる。
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# by TuscanyCafe | 2016-07-12 00:39 | 暮らす | Comments(0)

週末

昨日は朝早くに家を出て、仕事仲間とサイクリングに行った。3時間ほど自転車で走った後、一緒にご飯を食べ、お茶をしているうちに夜になったので、また一緒に晩御飯を食べ、帰ってきた。ずいぶん長い時間しゃべっていたが、いい一日だった。

で、風邪をおして無理したのがたたって、今日は一日寝ていた。最近昔よりよく風邪をひくし、今回の風邪は長い。週末におとなしくしていないから余計に治らないのだけど、おとなしくしててもなかなかよくならない。
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# by TuscanyCafe | 2016-07-11 00:57 | 暮らす | Comments(0)

今日ドイツ人とアメリカ人と話していて、ふいに生け花を習ってみよう、と思いついた。前から川瀬敏郎の花などとても好きで生け花に興味があったし、美しさに感動する機会が少ないこの街(風景にいろんな出来事が張り付いてしまっている事情もあり)で、美しいものを見たいという欲求もあり、また、心の中を空っぽにしたいというのもある。どこでできるか探してみよう。

その多趣味なアメリカ人が、50くらいの年齢になると、自分を喜ばせることが難しい、と言っていて、そうかもなと思った。


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# by TuscanyCafe | 2016-07-01 00:37 | 暮らす | Comments(0)

変遷

2012年頃の自分の投稿を何本か読んで、この頃は今よりもましな文章を書いてたなぁ、と思っていたら、その投稿の中の一つで、昔はもっとましな文章を書いてたなぁと言って2006年の投稿を引用してた。どんどん悪くなってる、ということか(笑)。

でもよく読むと、状況の悪いのは最初からあまり変わっていなくて、それを10年前は全く表に出さずに書き、4年前は遠慮がちに表に出して書き、今はダダ漏れで書いている、という違いだけみたいだ。

Sigur Rosをいつどこの街で見たのか最近思い出せなかったが、4年前にこの街で見てたんだな。もうずっと昔だな。



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# by TuscanyCafe | 2016-06-16 23:18 | 暮らす | Comments(0)

続く

しばらく調子がよかったのに、またここのところ症状がぶり返している。もうずっとこんな感じなんだろうか、と思ってしまう。特定の出来事や人を思い出したとしても、それはもう象徴的な意味にすぎず、だとすればもう時間が忘れさせてくれることもなく、根本的な問題がそこにある限り、ずっと続くんじゃないかと思ってしまう。そうでなければ長すぎるが、そうだとすればしんどすぎる。少し前はなんで調子がよかったんだろうか。



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# by TuscanyCafe | 2016-06-16 22:47 | 思う | Comments(0)