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Don't take ANYTHING personal.

Don't take it personal.というのはよく言うが、Don't take anything personal.という文章を読んで、それもそうだなと思った。

人はみんな自分のストーリーの中を生きていて、そのなかで希望や羨望や絶望や、憧れや焦りや劣等感、色んなものを抱えて生きている。だから、誰かが何かをしても、それに振り回されたり傷つく必要はない、ということ。

ただ、その相手が自分にとってかけがえのない人だと思っていた場合は、そんなに簡単には割り切れないと思うが、そういう人も含めて、一時的に自分のストーリーと重なることはあっても、それがずっと続くと期待するのが間違いなのだろう。

自分が心地よく感じ、誇りを持てる形で、自立して、そして面白く生きていくこと。ん、話ずれたかな。



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by TuscanyCafe | 2017-03-27 17:32 | 言葉 | Comments(0)

emotional

アメリカ人の友達がFBで泣ける話をシェアしながら、自分の感情がまだ動くかを確かめるために時々泣ける話を読むんだ、と書いていたので、そんなの確かめる必要があるの?とコメントを残したら、いやいや実際はかなり感情的な人間なので確かめるまでもないんだけどね、と返事が来た。

僕も実は結構感情的な人間で、仕事であっても感情で行動が左右されるほどだが、実は思春期の頃は、自分が人よりも感情が薄いのではないか、と思っていた。例えば友達と一緒に映画に行っても、一人だけ大して面白く感じずに冷めていたりしたので、少しコンプレックスになっていたかもしれない。でも今考えてみれば、気持ちが動くスイッチの場所が人と違っていただけなのだと思う。

あるいは、人と感情を共振させる習慣が昔よりも強くなっているのもあるかもしれない。これは成長と呼べるかもしれない。



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by TuscanyCafe | 2017-03-05 00:49 | 言葉 | Comments(0)

Let me through

今日ライブに行く前、急いでいたので長いエスカレーターの右側を歩いていた。子供を右側に立たせていた人がいたので、すみませんと声をかけて通らせてもらおうとした。聞こえないのか反応がなかったので、すみません、右側歩いていいですか、と再度声をかけたら、「エスカレーターを歩かないでください」と震えた声で返ってきた。そう言いながらも右側を空けてくれたので、通らせてもらったが。

正直めんどくさいなと思った。エスカレーターの片側を歩きたい人に空けておくのは日本の(&多くの国の)慣習だし、エスカレーターを歩くなというのは、デパートなどのお店側が万が一の怪我の責任負わないためのアリバイであまり意味は無いと思う。

でもそういう理屈云々よりも、人から何かを指摘されることを嫌って必要以上にディフェンシブになったり、自分の主義を押し通そうとしたり、そういう人が多いことに、正直疲れるなと思ってしまった。どうでもええやんと思う。

僕も納得できないことは割と口にするタイプなので、今日の彼は僕の同類なのかもしれないが、それでも面倒くさいなと思うのだった。こないだまでいた国の人達は、そもそもエスカレーターの片側を空けておくような気遣いの習慣がなく、それはそれでイラつくこともあったが、しょうがねえなあと思えた。日本に帰ってくると、そういうストレスはなくなるが、逆にこれはこうすべき、あれはこうしてはいけない、という不文律が沢山あって、それを忘れていると知らない人から怒鳴られたりするので、本当に面倒くさいなと思う。そう考えると、知らず知らず今日の彼の立場になったときに、面倒くせえなぁという態度を取らないよう気をつけないといけない。

日本はいろんなサービスや気配りが素晴らしいが、それとセットでくっついてくるストレスとか面倒くささもある。悪気がなければ殆どOKだった前の街が懐かしく思う。



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by TuscanyCafe | 2016-12-23 23:20 | 暮らす | Comments(0)

No return

久しぶりにダイブ旅行に行くので、リフレッシャートレーニングに行った。行く前は面倒で、旅行も含めて申し込んだのを軽く後悔していたが、行ってみるとトレーニングだけでも気持ちが良かった。面倒に思うものほどやってみる価値がある証拠だ。そういうのは、一時的に気分が盛り上がった時に申し込んでしまって後戻りできなくするのがコツだ。
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by TuscanyCafe | 2016-10-05 01:17 | 旅に出る | Comments(0)

讃えよ

自分の投稿の下に表示される似たカテゴリの記事で、去年の投稿を読んだ。何月頃かを見て、よくあの状況でちゃんと暮らしてたな、、と感心した。自画自賛!
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by TuscanyCafe | 2016-10-05 01:10 | 思う | Comments(0)

選ぶ

ロックフェスに行くと大御所のライブを退屈に感じ、これまで知らなかった若いアーティストのライブに興奮するのは、僕の癖のようなもので、初めて今年行ったサマソニでは、一番楽しみにしていたRadioheadはなんか疲れてるなぁという印象で、その代わりにこれまで知らなかったMØとかPOP ETCが楽しかったりした。

The 1975ではなくRadioheadを選び、Two Door Cinema ClubではなくMETA FIVEを選んだのは、結局今しか見れないという希少性が理由で、あとで少し後悔した。心と体に従えばどちらも逆の選択だったと思うので、やっぱり頭ではなく心と体に従うこと、そうした後で頭が何を言っても後悔しないこと、が正解なのだなと改めて思った。

たぶんフェスに限らず何事もそうなのだろう。ティピカルには仕事選びとか、おそらく間違いなく。





MØとPOP ETCは帰ってきてからiTunesでアルバムを買ったが、ライブほどいいと思えないのは、いつもと同じ。
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by TuscanyCafe | 2016-08-29 00:19 | 観る読む聴く | Comments(0)

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昔ネパールで仕事をしていた人が、カーストの最下層の人たちの暮らしについて話していた。その人たちは本当に犬以下の扱いを受けていて、犬もそのことを知っているかのように、その人たちのことを威嚇して追い払ったりするという。

他の人も以前に、インドに行くと本当に死んだ目をした人たちがいる、と言っていた。いくら頑張ってもよい暮らしをすることは不可能で、全く希望を無くしてしまった目。

そのネパールにいた方は、NPOの人たちについて語り出し、NPOは捕鯨に反対するかと思えば、カーストの最下層の人を助けようとするが、現地の社会にがっちり根付いた制度だから、どうしようもない。やるだけ無駄だ、何もわかってない、と言う。

僕はそれに違和感を感じながらも、何も言葉にしなかった。捕鯨の話が出たときに僕の予想した話は、反捕鯨活動の暇があるならば、その人たちを救えと言うのかと思ったら、全く違った。

自分がその立場に置かれて一番つらいのは、中国で表現の自由を奪われることよりも、内戦前のシリアでアサドの圧政下に置かれるよりも、きっとカーストの最下層で何の希望も持てないことではないかと思う。あるいは強烈な因襲のなかで物のように扱われる女子たち。

でもその人たちのために今具体的に動き出そうという気持ちがない以上、その人たちをなんとか救えないものか、という言葉はあまりに空っぽに思えた。
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by TuscanyCafe | 2016-07-20 00:23 | 思う | Comments(0)

雑文

今日、うちのローカルエンジニアの状況分析が、日本から来たアドバイザーの見立てと殆ど一緒で、アドバイザーも感心していた、という話を聞いて、それは嬉しいねぇ、と言いながら、涙腺が緩んでくるのに気付いた。何も泣くほどの話ではないから、まずいと思って顔をそむけた。

時々こういうことがあって、歳をとると無意味に涙腺が緩むのかな、とも思うが、全く脈略なく緩むわけではなく、やはり思い入れのあることについて、涙腺が緩むのだと思う。そういう意味で、そういう気持ちが残っていることに少し嬉しくなる。ほんの1週間ほど前には、生きてても何の希望もねえなーと思った記憶もあるし、それは多分今もあまり変わらないから、余計にそう感じたのだと思う。仕事にやりがいも感じるし、週末も充実しているし、大切な友人もいるが、それと大きな意味での希望とはまた別物だと思う。

愛というのはなんだろうと考えると、基本的には、大好きというのと殆ど同じじゃないかと思ったりもする。あぁ違うか。会ったこともない異国の人の安全や健康を願うような、そういう愛は当てはまらない。でも言いたかったのは、執着するほどに好きなもの、それが人であれ物であれ場所であれ、愛と呼んで大差はないのではないかと思う。今は。

だとすると、人でなくとも、物でも空間でも活動でも事業でも、自分の好きなもの、大切にしたいものに正直に時間を使えばよいのではないかと思う。どうせ死んでしまって灰になる運命なのに、社会的な責任をもとに優先順位を決めていると、廃人のようになってしまう。
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by TuscanyCafe | 2016-07-14 00:06 | 思う | Comments(0)

続く

しばらく調子がよかったのに、またここのところ症状がぶり返している。もうずっとこんな感じなんだろうか、と思ってしまう。特定の出来事や人を思い出したとしても、それはもう象徴的な意味にすぎず、だとすればもう時間が忘れさせてくれることもなく、根本的な問題がそこにある限り、ずっと続くんじゃないかと思ってしまう。そうでなければ長すぎるが、そうだとすればしんどすぎる。少し前はなんで調子がよかったんだろうか。



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by TuscanyCafe | 2016-06-16 22:47 | 思う | Comments(0)

意識の下

昨日の夜、取引先とご飯を食べながら、ひとりがヒプノシスの話をし始めた。結構効くのかもなと思いながら寝たら、起きる直前にちょっとした疑似体験をした。あまり楽しみにしていなかった(というより考えると憂鬱になった)イベントのことを、その瞬間はとても楽しみにしていた。その瞬間が夢にあたるのかどうかわからないが、一瞬の間そういう感覚に覆われた。こういうふうに無意識に近い状態に働きかけて、後ろ向きな気持ちを前向きな気持ちに変えてしまう、というのはあり得ることだと思った。というのは、そもそも後ろ向きな気持ちがずっと続いていたり、何度も何度も嫌なことを思い出してしまったりすることのほうが、理不尽だと思うからだ。そういうのも試してみてもよいかなと思う。インチキなのもありそうだから、○○協会推薦、みたいな人のほうが無難なのかな。
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by TuscanyCafe | 2016-03-02 00:53 | 思う | Comments(0)