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今日ドイツ人とアメリカ人と話していて、ふいに生け花を習ってみよう、と思いついた。前から川瀬敏郎の花などとても好きで生け花に興味があったし、美しさに感動する機会が少ないこの街(風景にいろんな出来事が張り付いてしまっている事情もあり)で、美しいものを見たいという欲求もあり、また、心の中を空っぽにしたいというのもある。どこでできるか探してみよう。

その多趣味なアメリカ人が、50くらいの年齢になると、自分を喜ばせることが難しい、と言っていて、そうかもなと思った。


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by TuscanyCafe | 2016-07-01 00:37 | 暮らす | Comments(0)

久しぶりの展覧会

日本にいるうちに展覧会に三つ行った。

相国寺の琳派と若冲展、京都近美の魯山人展、原美術館のトゥオンブリ展

どれもよかったのだが、丁寧に書くには時間も遅いので、一言ずつ。相国寺では、相変わらず光悦の楽茶碗がかっこいいなと見とれた。そして、若冲の水墨画の筆の潔さにも見とれた。魯山人は元々さほど好きなわけではなかったが、さすがにあか抜けてるなと思う作品もいくつかあった。(なんか微妙な言い方だな。作品もたくさん見れて、よかったのですよ。) トゥオンブリが今回のメインイベント。じっくり2,3回見させてもらいました。初期の落書きのように見える作品により惹かれました。この美しさはどこから来るのだろうなと考えさせられました。(が、答えはわかるはずもなく。) あと見に来ていたマダムの方(お婆さんと言ってもよいお歳の方)に、めちゃめちゃかっこいい人がいて、ずっと見とれてしまった。他の人もさすがにお洒落な人が多く、東京ってすごいなと改めて思いました。肝心のトゥオンブリの話がおざなりですね。うまく言葉にできないのですが、とてもとても好きです。あと展示場から見える中庭もすごくかっこよかった。あと奈良美智Drawing Roomも久しぶりに見て満足。帰りにいい色の奈良Tシャツを手に入れてさらに満足。

この場を借りて、魯山人展のチケットをくれた友人に深謝!
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by TuscanyCafe | 2015-08-05 00:50 | 観る読む聴く | Comments(0)

ホルベイン

本屋でたまたま手に取った西加奈子の「白いしるし」を読んだ。ものすごくいいと思った。代表作のように話題になった記憶はないが、こういういい作品を書いているんだな。

読み終わってすぐ、また半分くらい読み返した。話の中に出てくる白い山の絵の稜線が頭に浮かぶ。正直で丁寧な作品だと思う。誰にでも起こりうる、圧倒的な恋の感情。自分が卑小になり醜くなる感覚。それでも、邪魔するなと呟きつつ、フィルターを通さずに何かを作り出すことはできる。あるいはそういう生き方をすること、正直に。うまく書けないが、無理に書くのはやめておこう。

最近こちらの友達に日本の小説をあげた。本屋で英訳版を見つけたキッチン。濃いピンク色の表紙に台所と書かれている。あとは日本の小説とは言えないがNever let me goを貸してあげた。西加奈子の小説の英訳版をアマゾンで探したが、見つからなかった。
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by tuscanycafe | 2013-10-03 23:01 | 観る読む聴く | Comments(0)

移す

ずっと本棚に置きっぱなしだったスケッチブックと鉛筆と鉛筆削りを通勤鞄のなかに移してみた。月光荘のかっこいいやつ。

やらないかなぁ・・。色塗るのは愉しくなってきたけど、デッサンやスケッチもそうなると嬉しい。
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by tuscanycafe | 2013-03-03 23:45 | Comments(0)

getting closer

いつも絵を描くときは、描き始めや色の塗り始めだけ楽しくて、そのあと完成に近づくと苦痛でしかなかった。自分の描く絵が、自分の好きな絵からどんどん離れて行くから。

ただ今回の絵から、それが少し変わって来た。たぶんあと2,3回で完成するけど、まだ楽しいし、気に入らない部分はまだこれから調整して直していける気がしている。

たぶんこれまでは、気に入らない部分をどうやって直したらいいか見当もつかないし、一度塗った箇所を描きなおすために同じ色を作るのも時間がかかったから、気に入らないまま進んでいくしかなかった。今はようやく自分のイメージに近い色を作ったり、自分の好きな雰囲気を出すことが、少しずつできるようになってきたようだ。

まだまだ本当に好きなものにはならないけど、作業を進めるうちに好きな方向に近づくようにはなってきた。先生からもらうコメントも納得いくことが多くなってきた。時間は掛かるけど、続けているとだんだん賢くなってくる。絵だけじゃなくて、今のうちに他のことも始めようか、と思う理由でもある。
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by tuscanycafe | 2013-02-25 00:42 | 描く(?) | Comments(0)

うつろう

最近絵の好みが変わったと思う。昔よりも、よりミニマルでサトルな方向へ。温かくてクールなもの、というのは変わらないけれど、そのバランスが後者のほうにシフトしたのもあるかもしれない。

よりミニマルでサトルな方向へ、というのは、世界のアートの変遷とも重なっているように思うが、それは偶然ではない気がする。手の込んだ豪華な料理よりも、シンプルだけど素材の味を生かした料理が好きになっていくとき、それは老いではなく学びであり、洗練と思いたい。

最近いくつか読んだ津村記久子の小説がとてもいい。彼女の作品のどこに惹かれるのかと考えてみると、登場人物の潔さかもしれない。孤独でも前に進んでいくような。「前に」という言葉はちょっと違うかもしれないが、一人でもすっくと立っているような。ただ、孤独という言葉は使ったものの、実際は登場人物をそれほど孤独と感じないのは、自分の成長もあると思いたい。ちゃんと静かに触角を開いていれば、孤独に見えても決して孤独ではないことがわかる。それを感じて味わえること。

なにも持っていないけど、賢くはなった。でも、なにかを持っているよりも、賢くなることのほうが大事じゃないか、というようなことを、津村記久子が言っていた。そういうふうに思いたいし、それを実践したいと思う。

ちなみに潔さという言葉に思い至ったのは、同じ時期に読んだ辻村深月の小説の登場人物との対比かもしれない。集団のなかのポジションに意識をとられ、自分を見失っている人がたくさん出てくる小説。なんでそんなしょうもないことを気にすんのか、と思ったあと、自分も昔はそういうことを気にした時期もあったなと思い出した。今もそういう意識は時々顔を出すけど、昔よりも自覚的で、くだらないことをわかっているだけいい。

(追記) この文章を読み返してみた。津村記久子の小説を読んだことのない人が上の文章を読んでから実際に小説を読むと、違和感を感じるかもしれない。彼女の小説自体は、暗くてまじめなお話ではなくて、むしろとても面白くて、笑える話も多い。ただ、話の後ろに流れているものとして、上のような感覚を覚えた、とそういう話でした。念のため。
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by TuscanyCafe | 2013-02-08 00:58 | 観る読む聴く | Comments(0)

いかほど

僕はセンチメンタルなのはわりと好きだけれど、センチメンタルすぎるのはかえって苦手なんだな。たくさんの絵を眺めていてそう思った。
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by tuscanycafe | 2013-01-19 01:10 | 好む | Comments(0)

subtle

今日僕の絵をうしろで見ていた先生が、この辺りの色使いがsubtleでいいね、と言うので、僕はsubtleなのが好きなんです、と言った。

そう僕はsubtleなものが好きなんだと思う。絵でも小説でも映画でも多分人間でも。(subtle な人間とか表現がおかしいかもしれないけど。) 自分のことでも人から言われてはたと気づくこともある。

subtleを追求していくと、たとえば絵だとモノクロの世界に辿り着く。そのなかでの微妙な濃淡やテクスチャ。小説や映画なら何も起こらない話。ちょっとした空気の匂いや心の揺らぎ。

実際そういうものが前より好きになってきたことに気づく。(放っておくとそればかりに偏るので、意識的にカラフルなものを選んだりするほどに。) これは老化なのか? いや洗練と思いたい(笑)。
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by tuscanycafe | 2012-12-09 17:06 | 好む | Comments(0)

Cy Twombly の絵を見ながら、古い茶碗の肌の美しさを連想する。ということは、彼の絵は無作為の美を作為で実現しているということ?と考え始めてすぐにやめる。そういうのは詳しい人に任しておく。美しいものは美しい。ただ、それがなぜ美しいのかが分かれば、僕にももう少しましな絵が描けるのかな。
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by tuscanycafe | 2012-11-24 01:56 | 好む | Comments(0)

無題

音楽とアート。
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この2つに洗われたくてつい夜更かしをしてしまう。(写真はあんまり関係ない。)
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by tuscanycafe | 2012-11-12 01:15 | 暮らす | Comments(0)