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日常

生活していると、言葉になる前の感覚というのがあって、大抵は言葉になる前に一瞬にして忘れてしまう。時々はモレスキンなんかを取り出して、言葉にしようと試みるのだけど、それでも大概は、あとから読み返してもその時の感覚が戻ってくるようなものにはならない。

そんな感覚を丁寧に拾った小説を読んだ。保坂和志の「プレーンソング」。前に、ある方のブログで紹介されていて、その時はかわいらしい表紙の先入観のために実際に読むことはなかったのだけれど、今回読んでみて驚いた。

この小説では何も事件は起こらない。何も起こらないという意味では、少し家守奇譚に似ている気もした。(家守奇譚の登場人物は植物だったり河童だったりするから、全く違うのだけど。) プレーンソングでは、何も起こらないかわりに、人の思考の流れみたいなものを、丁寧に拾っていく。話している対象よりも、それを話している人や聞いている人の。

登場人物のゴンタがそれをビデオに収めていくように、みんながそろって注目している対象ではなくて、そういうみんなの様子に関心が向かう。話をしている人ではなくて、それを聞いている人の、あるいは、聞いていない人の。大きいものから考えていくのではなくて、小さいものから、日常的なものから、目を向けていく。対象はきっかけだけど、すべてではないし、一番大事なものとも限らない。

とてもいい小説だった。ソンタグが、二度読み返す価値のないものは、一度も読む価値はありません、みたいなことを前に書いていて、違和感を感じたのを思い出しながらも、この小説はそのうちまた読んでみようと思った。

ここからは余談。

登場人物のよう子は、映像で見たわけではないけれど、その美しさが際立って印象的だった。佇まいの美しさなのかな。

それから、ゆみ子という友達が、子供が5歳くらいまで母乳をあげることにした、と言ったあとのこんな言葉も。「母性的空間とかそういうのって、きっと、長くつづけて、それでしっかりさせた方がいいんじゃないかとあたしは思うの。そういうことが、楽観的な世界観を子供の中に作り出すんだって」。僕の感覚はこれに近くて、妻の感覚はその逆に近い気がする。5歳まで母乳をあげるってのは、さすがに僕もちょっと想像できないけれど。

次は、続編の草の上の朝食か、カンバセイション・ピースか、どちらかを読もう。
by tuscanycafe | 2008-09-05 00:13 | 観る読む聴く
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