カテゴリ:思う( 143 )

訪欧雑感

和食の良さは薄味で素材のよさを引き出すことで、西洋料理はもっとソースなどの装飾が多いと思うが、ファッションに関しては日本とヨーロッパでその逆になっている気がする。

どちらがいいとは言いきれないが、僕はヨーロッパに行く度に男も女もシンプルなのにお洒落だなぁと見とれてしまう。そしてお洒落がさりげなくて、力んでいないのがいい。ヨーロッパの方が和食的。

全然話は違うが、ヨーロッパのホテルとか会社とか空港ラウンジに置いてある飴が、日本の飴より美味しいと思う。おそらく日本の飴は人工甘味料を多用していたりして自然な味じゃないから、昔ながらのヨーロッパの飴が美味しく感じるのかなと思う。前に書いたオレンジジュースとも似てる。

ついでに似た話を言えば、日本の家は内装に化学素材を多用することで、微妙に安っぽく偽物感が出る。

日本は素晴らしい和食の伝統があるのだから、もっと和食的にシンプルな本物志向を追求すればよいのにと思う。



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by TuscanyCafe | 2018-11-16 22:24 | 思う | Comments(0)

友きたる

キリスト教徒の友人達と家族の話をしていると、彼らの考え方(そしてそれを実践しているであろう行動)を尊敬する気持ちになる。仕事上では彼らを指導することもあったし、僕よりも年下だが、家族の話をしていると、彼らには敵わないと思う。その心がけを学ぼうとも思うけど、やっぱり無理だとも思う。彼らはシンガポリアンだが、別のシンガポリアンも「7つの習慣」が愛読書で、彼女とはインサイドアウトとかの話をした。思いはあるけど実践はできない。
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by TuscanyCafe | 2018-10-13 10:52 | 思う | Comments(0)

いつからだろう対を求めるようになってしまったのは。生活のなかで寂しさを感じることは多いが、この間話した知人の言うように、あぁ今僕は寂しいと感じてるんだなと客観的に受け止めるようにトライしてみた。そもそも考えてみれば、子供の頃はこんなふうに寂しいとは思わなかったが、今と子供の頃を比べて何か状況が悪化しているわけでもない。離れてはいるが親は今も自分を愛してくれているし、友達もいれば気の合う仕事仲間もいる。それでも寂しいと思うのは、きっと全人格的な対を求めてしまうからだ。子供の頃はそれが問題にならず、今それが心に影響するのは、もう生物学的な要請に縛られている可能性が高い。だからそんなものはどうでもいい、という意味ではなく、ただそういうものなんだなぁと受け止めてみる。あともうひとつ子供の時との違いを思いついたが、書くと感傷的すぎるのでやめておきます。
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by TuscanyCafe | 2018-09-30 17:49 | 思う | Comments(0)

無駄遣い

日比谷の新しいビルにできた有隣堂書店の新形態店のニュースを新聞で読んで興味を持ち、その後オープンまでの準備を追ったドキュメンタリーをテレビで見て、こりゃダメだろうなと思い、実際に訪れてやっぱりなと思った。

その店は本屋と居酒屋と床屋と眼鏡屋と洋服屋が一体になった店で、一日いても楽しい街のようなお店といったコンセプトらしいが、眼鏡を買って服を買って散髪して酒を飲みたい日が年に何回あるか分からないし、そもそも同じ店のなかに全部揃っていても何も嬉しくない。それに、それらの店が本屋と一緒になっていることで得られる楽しさが何もない。

ドキュメンタリーを見る限り、有隣堂が三井不動産から紹介されたデザイナーの遊びに付き合わされて大金をどぶに捨てただけというのが真実だと思う。もうオープンして数ヵ月たったので、今頃は有隣堂の経営者も後悔していると思う。

本屋は、本好きが作るべきなのだ。だから、この有隣堂にできたセレクト書棚のようなものは面白い。(ただし、セレクトする人は、「この店舗に関わった人」といった運営者側の自己満足ではなくて、訪れる人が読んでみたいと思える人を選ぶべきなのだ。それもアイドルとか人気タレントではなく、本好きを唸らせる選者を選ぶべきなのだ。) この日比谷店で一番面白いと思えた書棚は有隣堂の店長のセレクトによるものだった。その人だけが本好きで、他の人は自分の仕事や趣味の世界の本を並べているだけ、あるいは気取っているだけのように見えた。本以外のスペースを全部潰して、たくさんのユニークな選者によるセレクト書棚だけの本屋にすれば面白いと思う。

たまたまその向かいのビルにできたHMVによるCottageという本屋はいいと思った。ヅカファンやジャニーズファン向けのコーナーは邪魔だが、それ以外のコーナーはいいセレクトをしてると思う。海外では本屋がどんどんなくなっている気がするが、日本ではセレクト本屋の勢いがあるのが嬉しい。

たまたま訪れた川崎駅ビルの有隣堂がとても良かったので、なんだ、やればできるじゃん、と思った。どんな商売でも、商品に情熱を持っている人が作ったものでないと、お客の心にも決して響かないといういい証拠だと思う。


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by TuscanyCafe | 2018-09-02 14:43 | 思う | Comments(0)

mundane life

僕らは特に何をするでもなくだらだらと毎週金曜の深夜遅くまで過ごしていた。僕らは決して付き合っていたわけではないが、その人はその時間をmundane lifeにおける特別なもの、と表現し、僕はmundane(平凡な、ありふれた)という単語を学んだ。

当たり前だと思っていた時間がどれ程貴重なものだったのかは終わってから初めて分かる、というのは、もはやJpopの歌詞で何度も聞いたようなclicheの領域だが、実際にそうだったからしょうがない。

今はその強烈な喪失感から抜け出して暫く経つが、それでも時々こうして思い出す。


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by TuscanyCafe | 2018-08-26 12:02 | 思う | Comments(0)

タブー

小学生の頃の運動能力は男女同じくらいだったのが、大きくなるにつれ、男の方が強く、速くなった。それは成長に伴うホルモンの影響なのだろう。

思い出してみると、学力も小学生の頃は男女の平均が同じくらいだったのに、大学受験になると男の方が平均で上回り、一流大学の男女比は、圧倒的に男の方が多かった。

これはなぜなんだろう。これもホルモンのせいなのか、それとも社会的な要因なのか。でもテストの採点で男が贔屓されることはないから、もしも社会的な影響があるとしたら、「女の子は勉強しなくていい」的な発想の影響がまだあったのかどうか。(実際男は、大人になる過程で、家族数人を養う経済力をつけることを否応なく意識させられるのに対し、女性でその意識を持っていた人は多くないと思う。)

社会人になると、学力とは別の構想力とかコミュニケーション能力とかも大事になるので、異種格闘技のようになる。これまでビジネスの世界で男が優勢だったのは、社会的な背景が圧倒的に大きいので、これは縮んでいくと思う。女が男化するのではなく、むしろ多様な成功の形が現れたら面白いと思う。

よく分からないのは学力で、テストで求められる論理性みたいなものとホルモンの関係があるのかしらんとも思う。フェミニズム原理主義者のように男女の能力は全て同等と決めつけずに、男女の違いを生物学✕統計学的に解明すれば面白いんじゃないかと思う。

個々人の差は大きいしステレオタイプ化する必要はないが、平均値としての差がなぜ起こるのか。PC(politically correct)が行き過ぎて全て社会的要因だと言っていると、多分間違うと思う。

娘の成績が高校になって落ちてきたのは何なんだろうと考えたところから、考えが飛躍してしまった。


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by TuscanyCafe | 2018-06-24 11:12 | 思う | Comments(0)

縮図

ゴルフを始めたのは海外だが、日本に帰ってからも続けている。海外のやり方に慣れた目から見ると、日本のゴルフには不思議なところが沢山ある。

海外でやるときは、家からゴルフウェアで出かけていたが、日本では少なからずジャケット着用を義務付けていたり、ジーンズを禁止していたりする。また海外では朝から1ラウンド回って昼飯を食べて家に帰ると3時か4時だったが、日本では1ラウンドの途中で昼飯を食べるのがマストになっていて、家に帰ると6時か7時になったりする。海外では、ロッカールームで服を脱いでタオルを巻いてシャワー室に向かったが、日本だとロッカールームで靴だけスリッパに履き替えて、着替えの服を抱えて風呂場に移動しなければならない。

それぞれの慣行には元々の意味があったのだろうが、全く非合理的で、利用者目線になっていない。ジャケット着用というのは元々身だしなみを整えようというはずなのに、合わない格好に無理やりジャケットを着るのですごく垢抜けないし、ジーンズでまとめた方がよっぽどきれいに見えたりする。日本には、トヨタのカイゼンみたいに無駄を減らす文化もあるはずなのに、その目線が生活の改善には向かっていない。そもそもマナーの感覚に任せるところをルールにするから歪になる。運営会社内の論理とか、前例踏襲とかで、変な慣行がそのままになり、利用者は置いていかれる。利用者は、そのおかしさに気づいていないことも多いし、気づいても「そういうものだから」と思っている。

日本ではゴルフが企業社会の一部だったせいか、会社とか学校とか日本のいろんな場所の理不尽の縮図がここにあるんじゃないかと思う。土曜の朝早く起きてゴルフ場に向かう電車でこんな長文を書きたくなるほど、アホらしいと思っている。



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by TuscanyCafe | 2018-05-19 06:35 | 思う | Comments(0)

できる

この歳になってからまだ自分のできることが増えるのは嬉しいのだけれど、もっと若いときからできていてもいいのに、と思うこともある。

仕事に関しては、経験を積んだ今だからできるようになった、分かるようになった、と思えることも多く、それは当然のことだから構わない。気になるのは仕事以外のことだ。

例えば大勢の人を笑わせたりとか、大勢の人の前で照れずに馬鹿なことができたりとか。自意識過剰が抜けてきたのか、自信がついてきたのか分からないけど、わりとできるようになった。(それでもまだ得意というほどではないけど。)海外で経営者をしてた時にその使命感でやり始めたのもきっかけかもしれない。

でもこの手のことは、僕の周りの若い奴らは最初からできるから、漸くできるようになるのもなんだかなぁとも思う。それに僕もずっと昔の小学生の頃はむしろ得意だったのに、中学の頃に自意識過剰になって苦手になり、それが元に戻るのにこんなに時間がかかってしまった。とはいえそう思いつつも、結構な間苦手だったことができるようにになるのは、いい気分ではあるのだ。


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by TuscanyCafe | 2017-12-26 00:00 | 思う | Comments(0)

人に関心を持ちつつ、人の目を気にしない。
簡単じゃないけど、それが大事だと思う。



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by TuscanyCafe | 2017-11-01 08:38 | 思う | Comments(0)

just let go

昔いろんなことがあった人の消息を久しぶりに聞いて、まだこんなに動揺する自分に、思いのほか動揺した。前は1年ほどの間、その人のことを考えない日はなかったが、もう会わなくなって時間が経ち、最近では考えない日の方が多くなっていた。あの頃は本当にぼろぼろだった。またすぐに忘れられることをただ願う。
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by TuscanyCafe | 2017-07-24 23:37 | 思う | Comments(0)