<   2015年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

なし

今年のフジロックは、見たライブが殆ど当たりで、さらに似た趣味を持った人と仲良くなったりして、これまでにないくらいいい経験だった。やっぱり色々あったせいで、自分の心もオープンになってたり、そういうのもプラスに働いてるのかな、と自己満足に浸っていた。

ライブの感想やらなんやらをここにも書こうかと思っていたのだが、東京の家に帰ってきて、またずどんと落ち込んでいる。なんでうちの家は、今日こんなことがあったよ、こんな人に会ったよ、という普通の話すらしてはいけないんだろう。それすらできないのなら、なんの夫婦なんだろう。もう慣れっことはいえ、暫く離れていて甘く見ていた。

僕が当たり前と思うことが当たり前で通じないで、理解不能な反応が帰ってくるのは、他にもあったわけだから、僕の頭の方がおかしいのかしらん。

八方塞がりで本当に嫌になる。ここまで来たら、遅きに失した離婚も真面目に考えようかと思い始めている。経済的なことも具体的に考えないといけないし、どうやって話をするかも考えないといけない。いっそ八方塞がりならば、変化も必要なんじゃないかと。もう死んでしまいたいくらいに思うのならば、生きるための方策を考えるべきなんじゃないかと。

しかしそれにしても、さっきの会話は本当にずれている。どうしようもなくずれている。
by tuscanycafe | 2015-07-27 22:22 | 思う | Comments(0)

風化

時間がたつと、かつては許せないと思ったことも徐々に風化してしまい、許せるような気持ちになってくる。それは、それに引きずられるのが嫌で忘れようとして自分で風化させるからじゃないかと思う。冷静になって自分の落ち度にも気づく、というのとは違う気がする。なぜなら自分の落ち度には最初から気づいているから。それに気づいていても、まだなお許せないことというのはある。でも、時の経過とともに自分の記憶が風化し、許せるような気持ちになってくる。そして油断すると、むしろこちらから謝りたいような気持ちになってくる。そう思えることは多分、一般的には良いことと思われているのだろうが、そうとは限らない気がする。許せないことは許せないし、それを積極的に許すことになんの意味があるのかと思う。それについて誠実に謝られた場合は許さない理由はないが、そうでもないのにこちらから許そうとしてしまうのは、単に淋しかったり心細かったりするからではないかと思う。だから、まっさらに風化させるのではなく、その記憶は残したうえで平穏な心になっていく、許しはしないけど自分にとっては最早大切なことではないと思えるようになっていく。イエス・キリストやお釈迦様からは説教されそうな考え方だけど、今僕はそういう方向性を指向しているのだと思う。

(追記)
読み返すと、許すとか許さないとかそういう問題じゃないだろうという気もしてくるが、それはまあ言葉の問題として、単にプラスとマイナスのベクトルの問題に置き換えてもいいと思う。ネガティブな感情をすべて忘れ去る必要はないんじゃないかということ。
by TuscanyCafe | 2015-07-04 00:11 | 思う | Comments(0)

Next

次の仕事を見つける活動に少しだけ力を入れ始めた。運と縁も大きいけれど、再び情熱をもって取り組める仕事をやりたいのは事実。
by TuscanyCafe | 2015-07-03 00:34 | 働く学ぶ | Comments(0)

木工職人

でも結局のところ、他に本気で打ち込んだり、夢中になれることがないのも、このしんどさを長引かせている一つの理由なんじゃないかと思う。ジムから帰ってきて、滋賀の木工職人の話をNHKで見ていてそう思った。

今の僕の仕事は、言ってみればhappily ever afterのその後、のような状態で、それほど夢中になれる状態ではないし、次の仕事もはっきりしない。仕事以外の趣味にしても、本来気持ちを入れ替えてくれる美術にも恵まれず、豊かな四季も存在しない。黒々とした常緑樹や時々咲く南国の花、ベランダの植物、そういうものから栄養素を吸収するしかない。あとは趣味の世界では実はいろいろと試している。仕事に関しても、少し新しい勉強を始めようと思っている。そのなにがなにかにつながるか、どれもつながらないのか分からないが、connecting dotsを信じてやっていこう。

そうでなくても、さっきの木工職人のように、なにかに打ち込んでいる人を見るだけでも、精神衛生によい。
by TuscanyCafe | 2015-07-01 01:13 | 思う | Comments(0)