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Deep inside, you never let this go.

原美術館でやっているLee Kitの"We used to be more sensitive."展に行った。心の奥に静かに触れるような、あるいは自然のなかで静かに目をつぶっているような、そんな気持ちになった。とてもいい展覧会だった。

インスタレーションの映像のなかに時折詩が織り込まれていた。普段の生活のなかで心に浮かんでも、自分で打ち消してしまったり、あるいは単に忘れてしまったり、そういった言葉をそっと拾ってもらったような、そんな感じがした。

いくつか写真も撮ったのですが、インスタに載せたので、知ってる方は見てみてください。


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by TuscanyCafe | 2018-11-12 22:42 | 観る読む聴く | Comments(0)

いまさらみくしー

今では誰も話題にしなくなった(話題にしても懐かしいとしか言われない)mixiだが、改めて覗いてみると、すごくいいんじゃないのかな。他に同じ役割を果たせる場所を僕は知らないのですが、知ってたら教えて頂きたいです。

例えば、Explosions in the Skyのファンが1400人も集まっていて、EITSに似たバンドを教えてと言えば大勢の人が教えてくれる。これはヤフー知恵袋でも2ちゃんでもできない芸当だと思う。toeに至ってはファンが2万人近くもいる。僕の友達でtoeを話題にする人は一人もいないのに。

あと同じ趣味の知らない人達と集まったり(オフ会って死語?)するのに、他にもっといいツールってあるのかな。あればマジメに教えてほしい。日本のMeetupは半ば外国人用&英会話練習用みたいになってて、広がりがないし。

mixiが流行った頃、僕はもう社会人になっていて、入会は紹介制だったから、試しに入ってみることもできなかった。(周りの大人達は誰もやってなかった。) そんな(おっさんは来るな的な)感じの悪い印象しかなかったが、しばらくはここで遊べそうな気配がする。

前にやってなかったから新鮮に感じるだけで、昔やってた人にすれば何を今さらでしょうが、みんなとは逆ルートで(かつ10+年遅れで)知ったので、fbやインスタとは違う広がりと可能性を感じたのでした。mixiの経営者はちゃんとそこに訴求すればいいのに。Twomblyのファンも600人いたけど、最後の情報交換が10年前で、もう誰もいないのだろうな。勿体ない。



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by TuscanyCafe | 2018-11-10 22:25 | 好む | Comments(0)

アイデンティティ

好きなもので自分を表現すればよいのであって、嫌いなものは放っておけばよい気もするが、実は嫌いなものの方がはっきりしている。

国立新にボナールを見に行った。展示数の多さは流石国立新で、入場料が高いだけのことはある。ただ、ボナールは昔大好きだったはずなのに、今日見ても全く心が踊らなかった。好みは移ろう。

チケット売り場で聞いていると、同時にやっている東山魁夷の方が人気がありそうだったが、僕は東山魁夷が嫌いだ。まだ風景だけなら許せるが(誰も許しを求めてないが)、白い馬が出てきた時点でもうあり得ないと思う。甘ったるいにも程がある。ボナールだって暖かいが、そこは大きく違うと思う。

東山魁夷とルノワールと宝塚。あとはホストクラブのホスト。これらを美しいと思う感覚は全く分かりません。でも最後のを同列に並べると流石に他の三つのファンの方に失礼ですね。それくらいは分かります。


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by TuscanyCafe | 2018-11-08 19:47 | 好む | Comments(0)

The Slav Epic

国立新でミュシャのスラヴ叙事詩を見て感動した。絵を見てこれほど感動するのは、少し久しぶりかもしれない。特に好きだったのは、「原故郷のスラヴ民族」、「スラヴ典礼の導入」、「聖アトス山」、「スラヴ菩提樹の下でおこなわれるオムラジナ会の誓い」、「スラヴ民族の賛歌」。あとは叙事詩ではないけれど、「ウミロフ・ミラー」や「ハーモニー」。それからプラハ市民会館の壁画の下書き群。

人物描写、自然の描写、色使い、どれをとっても素晴らしく、おそろしくセンスがよいだけでなく、天才だと思った。またあれほどの巨大な作品群を細部まで丁寧に書いていて、一人のアーティストの仕事として信じがたいことだと思った。これを見てしまうと、中途半端なアーティストの作品が観れなくなってしまう。それくらい素晴らしかった。スラヴ叙事詩の全20作品を一度に見られることがこの先あるのか分からないが、得難い機会だったと思う。

また、これまでさほど興味を持ったことのないスラヴ民族の歴史にも興味を覚えた。また仕事で行くこともありそうなので、機会を見つけて勉強してみようと思う。

昼食前に会場に入ってしまったら、結局4時間ほども観てしまい、お腹がすいて困った。

追伸
会期が終わる前にもう一度見に行った。当然といえば当然なのだが、一度目ほどの感動がなく、それが故に一度目の印象まて薄れてしまった。ふむ



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by TuscanyCafe | 2017-03-30 22:21 | 観る読む聴く | Comments(0)

今日ドイツ人とアメリカ人と話していて、ふいに生け花を習ってみよう、と思いついた。前から川瀬敏郎の花などとても好きで生け花に興味があったし、美しさに感動する機会が少ないこの街(風景にいろんな出来事が張り付いてしまっている事情もあり)で、美しいものを見たいという欲求もあり、また、心の中を空っぽにしたいというのもある。どこでできるか探してみよう。

その多趣味なアメリカ人が、50くらいの年齢になると、自分を喜ばせることが難しい、と言っていて、そうかもなと思った。


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by TuscanyCafe | 2016-07-01 00:37 | 暮らす | Comments(0)

久しぶりの展覧会

日本にいるうちに展覧会に三つ行った。

相国寺の琳派と若冲展、京都近美の魯山人展、原美術館のトゥオンブリ展

どれもよかったのだが、丁寧に書くには時間も遅いので、一言ずつ。相国寺では、相変わらず光悦の楽茶碗がかっこいいなと見とれた。そして、若冲の水墨画の筆の潔さにも見とれた。魯山人は元々さほど好きなわけではなかったが、さすがにあか抜けてるなと思う作品もいくつかあった。(なんか微妙な言い方だな。作品もたくさん見れて、よかったのですよ。) トゥオンブリが今回のメインイベント。じっくり2,3回見させてもらいました。初期の落書きのように見える作品により惹かれました。この美しさはどこから来るのだろうなと考えさせられました。(が、答えはわかるはずもなく。) あと見に来ていたマダムの方(お婆さんと言ってもよいお歳の方)に、めちゃめちゃかっこいい人がいて、ずっと見とれてしまった。他の人もさすがにお洒落な人が多く、東京ってすごいなと改めて思いました。肝心のトゥオンブリの話がおざなりですね。うまく言葉にできないのですが、とてもとても好きです。あと展示場から見える中庭もすごくかっこよかった。あと奈良美智Drawing Roomも久しぶりに見て満足。帰りにいい色の奈良Tシャツを手に入れてさらに満足。

この場を借りて、魯山人展のチケットをくれた友人に深謝!
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by TuscanyCafe | 2015-08-05 00:50 | 観る読む聴く | Comments(0)

ホルベイン

本屋でたまたま手に取った西加奈子の「白いしるし」を読んだ。ものすごくいいと思った。代表作のように話題になった記憶はないが、こういういい作品を書いているんだな。

読み終わってすぐ、また半分くらい読み返した。話の中に出てくる白い山の絵の稜線が頭に浮かぶ。正直で丁寧な作品だと思う。誰にでも起こりうる、圧倒的な恋の感情。自分が卑小になり醜くなる感覚。それでも、邪魔するなと呟きつつ、フィルターを通さずに何かを作り出すことはできる。あるいはそういう生き方をすること、正直に。うまく書けないが、無理に書くのはやめておこう。

最近こちらの友達に日本の小説をあげた。本屋で英訳版を見つけたキッチン。濃いピンク色の表紙に台所と書かれている。あとは日本の小説とは言えないがNever let me goを貸してあげた。西加奈子の小説の英訳版をアマゾンで探したが、見つからなかった。
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by tuscanycafe | 2013-10-03 23:01 | 観る読む聴く | Comments(0)

移す

ずっと本棚に置きっぱなしだったスケッチブックと鉛筆と鉛筆削りを通勤鞄のなかに移してみた。月光荘のかっこいいやつ。

やらないかなぁ・・。色塗るのは愉しくなってきたけど、デッサンやスケッチもそうなると嬉しい。
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by tuscanycafe | 2013-03-03 23:45 | Comments(0)

getting closer

いつも絵を描くときは、描き始めや色の塗り始めだけ楽しくて、そのあと完成に近づくと苦痛でしかなかった。自分の描く絵が、自分の好きな絵からどんどん離れて行くから。

ただ今回の絵から、それが少し変わって来た。たぶんあと2,3回で完成するけど、まだ楽しいし、気に入らない部分はまだこれから調整して直していける気がしている。

たぶんこれまでは、気に入らない部分をどうやって直したらいいか見当もつかないし、一度塗った箇所を描きなおすために同じ色を作るのも時間がかかったから、気に入らないまま進んでいくしかなかった。今はようやく自分のイメージに近い色を作ったり、自分の好きな雰囲気を出すことが、少しずつできるようになってきたようだ。

まだまだ本当に好きなものにはならないけど、作業を進めるうちに好きな方向に近づくようにはなってきた。先生からもらうコメントも納得いくことが多くなってきた。時間は掛かるけど、続けているとだんだん賢くなってくる。絵だけじゃなくて、今のうちに他のことも始めようか、と思う理由でもある。
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by tuscanycafe | 2013-02-25 00:42 | 描く(?) | Comments(0)

うつろう

最近絵の好みが変わったと思う。昔よりも、よりミニマルでサトルな方向へ。温かくてクールなもの、というのは変わらないけれど、そのバランスが後者のほうにシフトしたのもあるかもしれない。

よりミニマルでサトルな方向へ、というのは、世界のアートの変遷とも重なっているように思うが、それは偶然ではない気がする。手の込んだ豪華な料理よりも、シンプルだけど素材の味を生かした料理が好きになっていくとき、それは老いではなく学びであり、洗練と思いたい。

最近いくつか読んだ津村記久子の小説がとてもいい。彼女の作品のどこに惹かれるのかと考えてみると、登場人物の潔さかもしれない。孤独でも前に進んでいくような。「前に」という言葉はちょっと違うかもしれないが、一人でもすっくと立っているような。ただ、孤独という言葉は使ったものの、実際は登場人物をそれほど孤独と感じないのは、自分の成長もあると思いたい。ちゃんと静かに触角を開いていれば、孤独に見えても決して孤独ではないことがわかる。それを感じて味わえること。

なにも持っていないけど、賢くはなった。でも、なにかを持っているよりも、賢くなることのほうが大事じゃないか、というようなことを、津村記久子が言っていた。そういうふうに思いたいし、それを実践したいと思う。

ちなみに潔さという言葉に思い至ったのは、同じ時期に読んだ辻村深月の小説の登場人物との対比かもしれない。集団のなかのポジションに意識をとられ、自分を見失っている人がたくさん出てくる小説。なんでそんなしょうもないことを気にすんのか、と思ったあと、自分も昔はそういうことを気にした時期もあったなと思い出した。今もそういう意識は時々顔を出すけど、昔よりも自覚的で、くだらないことをわかっているだけいい。

(追記) この文章を読み返してみた。津村記久子の小説を読んだことのない人が上の文章を読んでから実際に小説を読むと、違和感を感じるかもしれない。彼女の小説自体は、暗くてまじめなお話ではなくて、むしろとても面白くて、笑える話も多い。ただ、話の後ろに流れているものとして、上のような感覚を覚えた、とそういう話でした。念のため。
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by TuscanyCafe | 2013-02-08 00:58 | 観る読む聴く | Comments(0)